2012年6月28日木曜日
2012年1月20日金曜日
映画「ヒミズ」を観て 24・1・17
(映画の話)
映画「ヒミズ」を観て
「頑張れ住田、がんばれ住田、がんばれ、がんばれ、頑張れ、がんばれ住田」
息を切らせて走るこの映画の若き男女の主人公。このラストシーンに、映画作家は、やり場のない暗い世界にせめて一条の光を当て、人間の尊厳を少しだけでも取り戻させたかったのであろう。人間の尊厳を踏みにじる、救いようの無い登場人物たち。その中で極限まで堪え生きる住田佑一。その住田をいつもそっと眺めている茶沢さんこと茶沢恵子。
第68回ベネチア国際映画祭マルチェロマストロヤンニ賞を受けた園子温監督の映画「ヒミズ」を見た。
映画を観るまでは実はあまり期待していなかった。理由はない。ただ、長年映画を観ていると見る前になんとなく第六感というか予感がある。その予感は大抵当たる。当たるどころか予感以下の場合が多い。
良い奴と悪い奴、勧善懲悪のはっきりした人間模様。悪も善も、やや過剰な人物の描き方ではあるがその分、見る人にとってはわかりやすい。賞をとった作品だから言うのではないが、最近ややだれ気味であった私の映画観賞眼を少しインスパイヤーしてくれたようだ。
撮影完成直前に東北大震災が起こり園監督は急遽宮城県石巻市の震災跡にロケをしたと聞く。この不幸な震災地での生々しい惨状の絵が、海外の批評家達の関心を引き、マルチェロマストロヤンニ賞受賞に結びついたことは否めない。
漫画嫌いの私はこの作品を読んで(見て)いないが、この映画は漫画家古谷実の「行け!稲中卓球部」が原作であると聞いた。このシリアスな映画の原作が漫画だというのも何故か斬新な印象を受ける。
原作と言えば、原作のある映画は過去の例で私の独断と偏見ではあるが、映画は原作には及ばないことが多い。映画のほうが原作より優れていたのは、昔の名画「シエーン」くらいなものだ。
「シエーン」を見た人は、ストーリーは覚えていなくても、あのラストシーンは殆んどの人が記憶に留めている。この映画「ヒミズ」もシエーンや、第三の男、禁じられた遊びとまでは行かなくても、ラストシーンは人々の心に残るのではなかろうか。又このラストシーンがなかったなら住田君や茶沢さんだけでなく、映画を見ている我々にも救いがなかったと思われる。
2012年1月7日土曜日
★映画の話 24・1・7
★ 映画日記 24・1・7
「ヒミズ」
昨年9月14日「どうしたハリウッド」と題してこの欄に最近の映画に対する不満を書いたが
その時の本欄で期待したい映画として書いた映画「ヒミズ」がもう直ぐ見ることが出来るようだ。新人賞である「マルチェロ・マストロヤンニ賞」を得たこの映画は、本年1月7日付朝日新聞夕刊にも記事が掲載されているが、なんと古谷実さんのマンガが原作という。監督の園子温さんの映画を私はまだ見たことがないので、この「ヒミズ」に対する先入観もイメージも全くない。白紙もいいところ。
唯、最近の私はふと気がつくと、どんな映画も見る前から否定的な概念を前提として見ていることに気付く。昔、映画に熱中していた時のように、期待に胸ときめかせて見るのではなく、見る前から「どうせ大した映画ではないだろう」。「スクリーンを真っ白にしておくわけには行かないので、少々の駄作でも否、もっと言えばはっきり駄作とわかっていてもやってしまえという感じで上映しているのだろう」などと考え、のっけから腰が引けている。
これまた昔、淀川長治さんが「どんな映画もいいところがある。そのいいところだけ引っ張り出して語る」「私は嫌いな人に会ったことがない」と言われたが、同じ映画を見るならこういう態度で見なければ損だし意味がないと反省している。
若い時、「第3の男」を見たときのショック。「恐怖の報酬」を見たときの衝撃。「ミクロの決死圏」を見たときの驚き。「猿の惑星」を見終わったあとはしばらく席を立てなかった。
最近こんな感動を覚えさせてくれる映画にお目にかかれていないので、冒頭に申し上げたようにのっけから身を斜に構えて身構える習性が身についてしまったようだ。
反省している。
「ヒミズ」は昔のように期待感に胸膨らませて見るつもりである。
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